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東京地方裁判所 平成6年(ワ)24498号 判決

原告

平尾昇

右訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

加納小百合

被告

東京ゼネラル株式会社

右代表者代表取締役

飯田克己

被告

東京ゼネラル従業員持株会

右代表者理事長

大賀秀敏

右二名訴訟代理人弁護士

齋藤祐一

主文

一  被告東京ゼネラル株式会社は、原告に対し、四三八万六〇〇〇円及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京ゼネラル従業員持株会は、原告に対し、七四万二七三〇円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告東京ゼネラル株式会社との間に生じた分は被告東京ゼネラル株式会社、原告と被告東京ゼネラル従業員持株会との間に生じた分は被告東京ゼネラル従業員持株会の各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告東京ゼネラル株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、四三八万六〇〇〇円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京ゼネラル従業員持株会(以下「被告持株会」という。)は、原告に対し、七五万一六五九円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社を自己都合退職した原告が、被告会社に対し退職金の支払を、被告持株会に対し精算金の返還をそれぞれ請求したところ、被告会社が、原告については、在職中就業規則上の懲戒解雇事由に該当する行為を行ったことから退職金請求権は発生せず、仮に発生したとしても原告がそれを行使することは権利濫用であるとして争った事案である。

一  争いのない事実等

以下の各事実は、括弧書きで証拠を挙げたものの他は、当事者間に争いがなく、あるいは弁論の全趣旨により認められる。

1  被告会社は、農産物、ゴム、繊維等の商品取引の売買及び受託業務を行う会社であり、昭和六二年、ゼネラル貿易株式会社及び近畿ゼネラル貿易株式会社外一社が合併して、現商号で営業している。

2  原告は、昭和五七年四月、ゼネラル貿易株式会社に入社し、平成四年一月一四日に被告会社を退職した。

3  原告は、被告会社広島支店(以下「広島支店」という。)支店長を勤めていた平成五年一〇月一三日、顧客の訴外高田栄(以下「高田」という。)に対し、「平成五年末日迄に、現在の建玉内容(値洗差金マイナス二一〇四万円)及び預り委託証拠金を改善し、実質有効金額五〇〇〇万円に回復させるべく鋭意努力し責任を持ってそう致します。平成六年三月末日迄には、実質有効金額七〇〇〇万円に責任を持って致します。」と記載した同日付け書面(以下「本件書面」という。)を交付した。

4  退職金算定の基礎となる原告の勤続期間は一一年九ヶ月であり、被告会社の就業規則(以下「就業規則」という。)及びこれと一体をなす被告退職年金規約(以下「退職年金規約」という。)に基づいて勤続年数一一年九ヶ月の従業員の退職金を算定すると、四三八万六〇〇〇円となる。

5  原告は、入社以来被告持株会に加入し、被告会社の株式等取得のため、毎月一定額を拠出してきたが、被告会社を退職することにより被告持株会を退会した。被告持株会は、毎月一定日に一ヶ月間の退会者全員の分を一括して売却精算し、退会者に支払うこととなっており、平成六年二月二五日、事務処理委託先である日興證券株式会社に原告の退会処理を委託したところ、同月二八日、同證券会社から、原告に対する支払分として七四万二七三〇円の送金を受けた。被告持株会が、原告に対して支払うべき精算金金額は右の七四万二七三〇円となる。

6  就業規則には、以下の規定が設けられている(〈証拠略〉)。

(賃金の計算)

三七条 賃金の決定、計算及び支払方法、締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項は別に定める給与規程による。

(退職年金)

三八条 退職年金に関する事項は別に定める退職年金規程による。

(制裁)

四一条 従業員が次の各号の一に該当するときは、次条の規定により制裁を行う。

一一号 外務員規則(各取引所制定のもの)及び関係諸法令に違反し、または従業員個人が商品先物取引を行ったとき。

(制裁の程度)

四二条 制裁は、その情状により次の区分にしたがって行う。

四号 懲戒解雇

予告期間を設けることなく、即時に解雇する。この場合において、所轄労働基準監督署の認定を受けたとき予告手当(平均賃金の三〇日分)を支給しない。

7  被告会社の給与規程(就業規則と一体をなしている。以下「給与規程」という。)には、次の規定が設けられている(〈証拠略〉)。

(退職金の無支給)

三二条 就業規則第四二条第四項(ママ)の規定により懲戒解雇した場合は退職金を支給しない。但し、情状により自己退職の場合の支給額の五〇%の範囲内で支給することがある。

8  退職年金規約には、次の規定が設けられている(〈証拠略〉)。

三三条 加入者が懲戒解雇された場合は本制度による給付を行わない。但し、情状によりその一部を支給することができる。

9  社団法人日本商品取引員協会の自主規制規則―Ⅱ会員従業員に関する規則(以下「会員従業員に関する規則」という。)には、次の規定が設けられている(〈証拠略〉)。

(不都合行為の届出)

一二条 会員は、従業員または従業員であった者に、法令等に違反する行為または禁止行為があったと認められる場合において、その行為が商品取引受託業の信用を著しく失墜させると認めたときは、遅滞なく、その行為の内容等を記載した所定の不都合行為届出書を本会に提出しなければならない。

10  商品取引所法九六条に基づく受託契約準則には、次の規定が設けられている(〈証拠略〉)。

(不当な勧誘等の禁止)

二二条 商品取引員は、商品取引市場における取引につき、次に掲げる行為をしてはならない。

三号 顧客に対し、損失の全部若しくは一部を負担することを約し、または利益を保証して、その委託を勧誘すること。

二  争点

1  原告の被告会社に対する退職金請求権の有無

2  原告の被告会社に対する退職金支払請求権の行使が権利濫用となるか否か

三  当事者の主張

(被告)

1 原告が高田に本件書面を交付し、その旨の約束をした行為は、商品取引所法九四条二号、会員従業員に関する規則一二条及び受託契約準則二二条三号に違反する。被告会社は、原告が本件書面を交付してその旨の約束をしたため、その履行方法について高田と交渉せざるを得ない立場に追い込まれ、平成六年四月一五日、高田に対し和解金として二五〇万円を支払う旨の合意をし、その支払いを余儀なくされ、同額の損害を被ったものである。

2 争点1(原告の被告会社に対する退職金請求権の有無)について

原告が高田に対し、本件書面を交付し、その旨の約束をした行為は、右のとおり各禁止規定に違反するものであり、就業規則四一条一一号及び四二条四号の懲戒解雇事由に該当するものであるから、原告の退職金は給与規程三二条、退職年金規約三三条により零であり、原告は被告会社に対する退職金支払請求権を有しない。

3 争点2(原告の被告会社に対する退職金支払請求権の行使が権利濫用となるか否か)について

原告は右のとおり懲戒解雇事由に該当する行為を行ったものであるから、たまたま懲戒解雇処分を受けなかったからといって、退職金を請求することは権利濫用であり、許されない。

(原告)

原告が高田に対し、本件書面を交付して約束した内容は、目標を定めてこれに達するよう相場について一生懸命助言をするということであって、単なる努力目標に過ぎず、これらは、商品取引所法九四条二号等の禁止規定に触れるものではなく、就業規則上の懲戒解雇事由に当たらない。したがって、原告は被告に対する退職金支払請求権を有しており(争点1)、仮に、原告が本件書面を交付して約束したことが、懲戒事案として論議の余地のある行為であったとしても、原告の勤務成績や被告会社に対する長年の貢献を考えると、退職金請求権を行使することが権利濫用となるような重大な背信行為とは認められないので、原告が退職金請求権を行使することは権利の濫用ではない(争点2)。

第三当裁判所の判断

一  原告の被告会社に対する退職金支払請求について

1  争点1(原告の被告会社に対する退職金請求権の有無)について

給与規程三二条及び退職年金規約三三条は、第二、一7及び同8において認定したとおり、従業員の退職金の支給を制限しているが、これらは、右制限をする前提として、「(従業員を)懲戒解雇した場合は」(給与規程三二条)と規定し、あるいは「加入者が懲戒解雇された場合は」(退職年金規約三三条)と規定していて、いずれも被告会社が当該従業員を現に懲戒解雇していることを要件としているところ、原告は被告会社から懲戒解雇されていないのであるから、右各条項に該当するものではない。そうすると、争点1における被告の主張は理由がない。

2  争点2(原告の被告会社に対する退職金支払請求権の行使が権利濫用となるか否か)について

(一) (証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

原告は、平成三年八月一日、広島支店に支店長として赴任した。当時原告の上司として、第一事業本部第三営業部営業部長である訴外平江和敏(以下「平江」という。)及びその上の営業担当取締役である訴外猪股圭次(以下「猪股」という。)が存在した。原告、平江及び猪股は、仕事上頻繁に連絡を取り合い、指示、報告等を行っていた。

広島支店においては、昭和五七年頃から高田を顧客とし、同人との取引関係を有していた。高田は被告会社に対し、現金及び中国銀行株券を委託証拠金として差し入れ、多数回にわたる取引を行ってきていたが、入証額が高額である上、右中国銀行株券が高田名義ではなかったことから、被告会社は高田を注意を要する顧客として扱い、支店長が対応していた。原告が前任の広島支店支店長訴外大西某(以下「大西」という。)から引継を受けた時点において、高田の口座には、委託証拠金として中国銀行株券八万五〇〇〇株(当時の担保価額は約七〇〇〇万円)及び現金五〇〇万円が差し入れられていたが、損失が約一億二〇〇〇万円程度あり、差引約四五〇〇万円以上の損失が出ているため、取引停止の状態であった。原告は大西から、高田について、「撲(ママ)が転勤先から随時連絡を取っているから君は触らないでくれ、全ては猪俣(ママ)常務も社長も管理部門全部が分かっている。」との申し送りを受け、平江からも高田には触れないように指示されていたことから、高田とは接触しなかった。

平成四年一〇月頃から被告会社の売上実績が非常に悪くなり、高田の口座は、取引はないものの、委託証拠金として差し入れられていた株の評価額が下落していったために損失が約七〇〇〇万円に膨れあがっっ(ママ)た状態になっていた。平江は猪股から高田の不足金について指摘されたため、原告に対し、株券を売却して売却益を充当するか、現金で充当してもらうかすることにより、高田に不足金を埋めてもらうよう指示した。平成五年一月、高田の口座における不足金は約七五〇〇万円となり、原告は、高田を訪問して不足金を埋めてほしい旨依頼したところ、高田から、以前、大西が高田の口座において同人に無断で売買をしたことがあり、高田はこれにより多額の損害を被っているとの話をされた。原告は、初めて聞く事柄であったため調査したところ、大西が、広島支店長であった平成三年三月ないし四月にかけ、高田に無断で同人の口座において東京米国産大豆の取引を行い、その結果、手数料を含め約六四〇万円の損害を出していたことが判明した。そして、原告が大西に問い合わせたところ、大西は無断売買したことを認めた上、この件については、猪股に話をしてある旨を述べた。原告はこれらのことについて平江に報告し、平江もこれを猪股に報告したが、猪股からの具体的な指示はなかった。

無断売買により損害を与えてしまったことを踏まえ、原告と高田は、高田が、損害金の六〇〇万円を差し引いた金額まで損失を埋めることで合意した。高田は、合意に基づき、平成五年二月上旬に二〇〇〇万円、同月中旬頃に二〇〇〇万円をいずれも現金で入金し、株券二万五〇〇〇株を売却することにより不足金を補充したが、二月中旬の右入金時に、原告に対し、高田の弟である高田卓美(以下「卓美」という。)名義の口座を新たに開設し、その口座で取引を行いたいとの要望を出し、原告はこれに応じて卓美名義の口座を開設した。なお、右口座開設に当たり、原告は電話で卓美から口座を開設することについての了解を受け、これを平江に報告し、平江は猪股に報告した。(なお、〈人証略〉は、同人の証人尋問において、原告や平江から、六〇〇万円の無断売買の件や、高田が卓美名義の口座を開設して取引を行うことについて、報告を受けたことはない旨証言するが、反対趣旨の〈人証略〉の証言及び原告本人尋問の結果が存在すること並びに原告、平江、猪股は、業務について頻繁に連絡を取り合っているのに、右の事項に限り、原告及び平江が猪股に報告しない理由に乏しいことから、信用することができない。)。平江は、平成五年七月、被告会社を退職し、訴外空閑某がその後任に当たることとなり、原告は、高田及び卓美のこれまでの件について、同営業部長に報告した。

原告は、平成五年一〇月一三日、高田に対し、値洗差金がマイナス二一〇四万円になっているので、取引を正常な状態に戻すには約二〇〇〇万円必要である旨を申し述べた。すると原告は高田から、高田は金を工面して損失を埋めることにより、被告会社に協力しているのに、被告会社は、いつになっても高田に与えた六〇〇万円の損害を返済しないとし、被告会社が全く誠意を示さないと強く叱責された上、卓美が残高照合の通知を見て非常に心配していることを告げられた。そして、高田は原告に対し、「一生懸命やってくれているのか。目標だけでもいいから書いてくれ。」と要求し、原告が「目標であればいくらでも書きます。これができなかったからどうこうというのはできないですけれど、このために一生懸命やることに関しては責任を持ちます。」と返答したところ、高田は「それでいい。」と答えた。そこで原告は、当時高田の不足金が七〇〇〇万円程度に減少して担保価値との均衡が取れ、口座取引可能な状態ではあったものの、取引自体は七〇〇〇万円近い損失として残っていたことから、それを卓美の口座で取り返すための数値として「七〇〇〇万円」という数字を出して、持参してきた卓美の残高照合通知書の「現在の建玉内容」欄中の余白の部分を用いて本件書面を作成し、高田に交付した。原告は、本件書面作成の折り、高田に対し、元本保証をするという内容のことは述べなかった。

原告は、被告会社を退職した後である平成六年三月初め頃、原告の後任の広島支店支店長である訴外入江浩史(以下「入江」という。)に会い、入江から無断売買により六〇〇万円の損害を与えた件については、被告会社と高田が二五〇万円で和解することにより解決した旨の報告を受けた。また、原告は、同年一〇月、高田と会った際、高田から無断売買の件について被告会社と二五〇万円で和解したことを聞いた。

なお、猪股は、原告に対し、入社当初から大変優秀な社員であり、一緒に仕事した中でも、大変仕事のできる誠実な社員であったとの評価を与えている。

(二) 原告が被告会社に対し、退職金を請求することが権利濫用となるか否かについて

(1) まず、被告における退職金の性格について検討する。(証拠略)によれば、退職年金規約一七条二項は、退職一時金の給付額は、勤続期間に応じ、退職時の基準給与に別表2(略、以下同じ)に定める給付率を乗じた額とするとして、支給条件を一義的で明確に定めていることから、退職金の支給は使用者の義務とする趣旨であると解されること及び前記認定のとおり、給与規程三二条及び退職年金規約三三条には、従業員が懲戒解雇された場合における退職金の支給制限規定が置かれていることからすれば、被告における退職金は基本的に賃金の性格を有し、付随的に功労報償的性格をも併せ有しているものと解される。

そして、被告会社における退職金の性格が以上のとおりで、退職年金規程等に右のような退職金不支給規定が置かれている会社において、従業員につき自己都合退職後に在職中懲戒解雇事由が存在していたことが判明した場合においては、右懲戒解雇相当事由が当該従業員の永年の勤続の功を抹殺してしまうほどの重大な背信行為である場合には、当該退職者が退職金請求権を行使することは、権利濫用として許されなくなると解するのが相当である。

(2) そこで、原告の被告会社に対する退職金請求権の行使が権利濫用となるか否かについて検討する。

まず、商品取引法(ママ)九四条二号は、商品取引員が顧客に対し、損失負担の約束または利益保証をすると、顧客が、商品先物取引の危険性及び相場の先行きにつき十分に吟味せず、安易に委託の勧誘に応じるおそれがあることから、不当勧誘の一類型として禁止された規定であると解され、受託契約準則(その性格はいわゆる普通取引約款であり、商品取引員及び委託者を拘束する。)二二条三号も同様の趣旨であると解される。

次に、本件書面及び原告・高田間における約束の意味内容について検討するに、その理解のためには、本件書面に記載された文言の他、これらがなされた経緯、当時の状況、当事者の立場等の諸事情を総合して判断するのが相当である。そこで検討するに、〈1〉原告が本件書面を作成するに至った経緯は、前記認定のとおり、原告が高田から、無断取引による六〇〇万円の損害を返還する努力を誠意をもって行っていることの証とすることに加え、卓美を安心させるための資料とするために要求されたものであったと認められ、〈2〉本件書面作成に当たり、原告・高田間で交わされた会話の内容は、一生懸命やっているのかどうかを目標だけでもいいから書いて欲しいと高田が要求したのに対し、原告は、目標であれば書くこと及び書面に記載したことが実現できなかったとしても、特に何かをするわけではないことを断り、高田はそれを了解したものであると理解できること、〈3〉高田は一〇年もの長期間にわたり、多数回の商品取引経験を持つ者である上、本件書面作成時までに多額の損失を生じてきていること等からして、仮に原告が利益保証をしたとしても、高田が安易に商品取引員による委託の勧誘に応じる可能性があったとは考えにくいし、利益保証が禁じられていることについては、原告は当然知っており、高田もその経験の長さからして、それを知っていた可能性が高いことからすれば、当時原告及び高田が利益保証の約束をする意図を有していたとは考えにくいこと、〈4〉本件書面には、「実質有効金額五〇〇〇万円に回復させるべく鋭意努力し責任を持ってそう致します。」との表現が使われていて、原告の努力義務を負うことについては明示されているが、具体的な利益を保証する旨を断言した表現は用いられておらず、目標額に達しなかった場合の措置等についても触れられていない。以上からすれば、本件書面及び原告・高田間における約束内容は、原告が高田に対し、誠意をもって取引相場についての助言を行い、現在生じている損失を解消してプラスにしていく努力を行う趣旨であったと認めるのが相当であり、本件証拠関係からは、それ以上に原告が高田に対し、利益保証をしたものであるとは認められない。

そうすると、原告の本件書面の作成及び約束は、商品取引法(ママ)九四条二号及び受託契約準則二二条三号には反せず、したがって、会員従業員に対する規則一二条にも該当しないこととなるので、原告は就業規則四一条一一号の懲戒解雇事由に該当しないこととなる。

なお、本件書面は、原告が利益保証をしたかのように誤解されるおそれがないとはいえないことから、このような書面を作成したことは妥当性を欠いた行為であったとは思われるが、原告は被告において一一年以上の長期間勤続してきたこと、原告は取締役の猪股から、優秀で誠実な社員であったと評価されていること、原告は常時上司と連絡を取りながら、高田との関係を良好な方向へ持って行くための努力をしてきており、本件書面の作成はその延長線上の行為であったこと及び本件書面作成により、被告会社に具体的な損害が及んだとは認められないこと(この点につき、〈人証略〉は、被告会社は本件書面の処理のために高田と二五〇万円で和解をし、同額の損失を被ったと証言するが、右証言の中には、本件書面の存在が高田との和解の発端となる役割を果たしたが、和解自体は六〇〇万円の無断売買の件について行われたとする趣旨と理解できなくもない箇所もあって、全体として曖昧である他、前記認定のとおり、原告は、高田及び入江から、被告会社及び高田間で行われた和解は無断売買の件についてであると聞かされていることからすれば、右〈人証略〉の証言を直ちに信用することはできない。)等諸般の事情に照らした場合、本件書面の作成が原告の永年の勤続の功を抹殺してしまうほどの重大な背信行為であるとは到底認められない。

そうすると、原告の退職金請求権の行使が権利の濫用になるとは認められない。

3  以上からすれば、原告の被告会社に対する退職金請求権の発生及び行使を阻止する理由はいずれも認められない。そして、就業規則及びこれと一体をなす退職年金規約に基づいて原告の勤続年数に応じた退職金を算定すると四三八万六〇〇〇円となることについては、当事者間に争いがない。

また、右退職金に対する遅延損害金については、被告会社の給与規程(〈証拠略〉)三一条には、「従業員が満三年以上勤務し、次の各号の一に該当する退職をした時は退職に関する一切の手続を完了後一か月以内に支給する。」との規定が置かれているが、右の「各号の一に該当する」こと及び「退職に関する一切の手続」の完了の有無及びその時期についての主張、立証がなされていないので、労働基準法に基づき、これを判断することとする。被告会社における退職金の基本的性格が賃金と認められることは前記認定のとおりであり、賃金については、労働基準法二三条一項により、労働者の退職の場合、権利者の請求から七日以内に支払うべきものとされているところ、(証拠略)によれは、原告は、平成六年四月一三日、被告会社常務取締役営業本部長宛ての内容証明郵便を差し出すことにより被告会社に対し退職金の支払を請求したこと及び右内容証明郵便は同月一四日に送達先に到達したことが認められるので、被告会社はそれから七日を経過した翌日である同月二二日から遅滞を生ずることとなる。

以上により、原告が被告会社に対し、四三八万六〇〇〇円及びこれに対する平成六年四月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分については理由があり、その余は理由がない。

二  原告の被告持株会に対する精算金支払請求について

原告が被告持株会に対し、七四万二七三〇円の限度で精算金支払請求権を有することは当事者間に争いがない。

また、被告持株会の原告に対する右支払債務は、弁済期の定めのない債務と認められるところ、(証拠略)によれば、原告は平成六年四月一三日、被告持株会理事長宛ての内容証明郵便を差し出すことにより、被告持株会に対し精算金の支払を請求したことが認められ、右内容証明郵便は同月一四日に送達先に到達したことが認められるので、被告持株会はこの時から遅滞を生ずることとなる。

以上により、原告が被告持株会に対し、七四万二七三〇円及びこれに対する平成六年四月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める部分については理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 合田智子)

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